ゴミ屋敷は、その住人一人の問題ではなく、近隣住民にとっては「いつ火が出るか、いつ虫が来るか」という恐怖を伴う、深刻な地域トラブルの源だと言えるでしょう。近隣住民が感じるゴミ屋敷あるあるの第一位は、やはり「窓を開けられない、洗濯物を干せない」という、悪臭による生活の制限です。夏場になると、ゴミ屋敷から漂う甘ったるく、かつ腐敗した特有の臭いがベランダを伝って周囲を包囲し、近隣の平穏な生活を根底から破壊します。住民たちは市役所や保健所に何度も相談しますが、日本の法律において私有地の財産権は極めて強く保護されているため、行政もすぐには動けません。この「行政がなかなか動いてくれない」という住民の絶望感も、ゴミ屋敷問題における定番のあるあるです。行政が介入する場合、まず調査、指導、勧告、命令といった段階を踏む必要があり、その間に何年も経過することが珍しくありません。そして、最終手段として行われる「行政代執行」当日には、テレビ局のカメラが入り、作業員が山積みのゴミを運び出す様子がニュースとして流れる。これもまた、世間が注目するゴミ屋敷あるあるのクライマックスです。しかし、代執行の費用は本人に請求されるものの、支払い能力がないことがほとんどで、結局は市民の税金で賄われるという点も、納税者にとっては納得のいかないあるあると言えるでしょう。また、代執行が行われて一時的に綺麗になったとしても、住人の精神的な疾患や孤独が解決されていなければ、わずか数ヶ月で再びゴミを拾い集め始める「リバウンド」あるあるが発生します。ゴミ屋敷問題の本質は、壁の内側の汚れではなく、社会と住人の間の「繋がりの欠如」にあります。代執行は物理的な除去には成功しますが、住人の心の中に空いた大きな穴を埋めることはできません。あるあるな結末を繰り返さないためには、行政の強制力と同時に、地域社会の温かな見守りと福祉的な介入が不可欠なのです。
近隣住民が感じる「沈黙の悪臭」と行政代執行のあるある