私の幼少期の記憶は、常に何か不快な臭いと、足の下でカサカサと動く不気味な感触と共にあります。実家はいわゆるゴミ屋敷でした。最初は少し散らかっている程度だったのが、いつの間にか廊下はゴミ袋で埋まり、リビングには空のペットボトルやコンビニの容器が地層のように積み上がっていました。私の部屋というものはなく、山積みの衣類の上に布団を敷いて寝るのが当たり前だと思っていました。学校に持っていく服はいつもどこか埃っぽく、同級生から「臭い」と言われるのが怖くて、常に教室の隅で息を潜めて生活していました。母はいつも「忙しいから」と言い、父は仕事から帰るとゴミの山を避けて酒を飲むだけ。家は私にとって安らぎの場所ではなく、隠し通さなければならない恥そのものでした。状況が変わったのは、私が小学校五年生の時でした。担任の先生が、私の服の汚れや忘れ物の多さを不審に思い、家庭訪問に来たのです。母は必死に玄関先で追い返そうとしましたが、その隙間から見えた凄惨な光景に、先生は絶句していました。その翌日、児童相談所の方が学校に来ました。私は最初、悪いことをしたわけでもないのに連れて行かれるのが怖くて泣きましたが、車に乗せられ、一時保護所という場所に連れて行かれた時、人生で初めて「清潔なシーツ」と「温かい食事」に出会いました。そこにはゴミも虫もなく、毎日決まった時間に風呂に入り、決まった時間に眠る。そんな当たり前のことが、どれほど素晴らしいことかを思い知り、また涙が出ました。児童相談所の方は、私の話を根気強く聞いてくれました。家に帰りたいという気持ちと、あの汚い部屋には二度と戻りたくないという相反する感情を、優しく受け止めてくれました。その後、両親は児童相談所の指導を受け、専門業者の力を借りて家を完全に片付けました。カウンセリングを受けた母は、自分が産後からずっと心の病を抱えていたことを認め、治療を始めました。半年後に家に帰った時、フローリングが見えるリビングと、自分の学習机が用意された部屋を見て、私はようやく「人間として生きている」という実感を得ることができました。あの時、児童相談所が介入してくれなければ、私は今頃どうなっていたか分かりません。ゴミ屋敷は、子供の心を殺します。でも、勇気を持って誰かが助けを求めてくれれば、そこから抜け出すことはできるのだと、自らの経験を通じて伝えたいです。