意外に思われるかもしれませんが、ゴミ屋敷の住人には、かつては非常に有能で、完璧主義的な傾向を持っていた人が多いというのも、業界ではよく知られた「あるある」です。彼らは、物事を中途半端にこなすことができず、常に「百点満点」を求めてしまいます。そのため、仕事の激務や体調不良などで一度でも部屋の管理を疎かにしてしまい、自分の理想とする「完璧に清潔な部屋」が崩れた瞬間、激しい挫折感に襲われます。「完璧でないのなら、もうどうなってもいい」という、いわゆる「全か無か」の思考に陥り、一気にセルフネグレクトへと加速していくのです。この完璧主義あるあるは、ゴミの分別においても顕著に現れます。彼らはゴミを捨てる際にも、最も正しい方法で、最も適切なタイミングで捨てなければならないという強迫観念を持ってしまいます。例えば、ペットボトルのラベルを剥がし、キャップを分け、中を洗浄するという作業工程が、体力が落ちているときにはとてつもない高いハードルに感じられます。「完璧に分別できないから、今日は出さないでおこう」という先送りが積み重なり、気づいたときには自分の力ではどうしようもないほどのゴミの山が築かれています。また、書類一枚を捨てる際にも、シュレッダーを完璧にかけなければならない、あるいは重要な情報が漏れるかもしれないという過剰な不安から、結局何も捨てられずに積み上げてしまうのも、完璧主義者に多いパターンです。彼らにとって、ゴミ屋敷は「失敗した自分」を隠すための砦のような役割を果たしています。外の世界では有能な自分を演じ続け、家の中ではゴミの中に沈み込むことで、誰にも自分の不完全さを見られないように守っているのです。このようなタイプの人に対して、「少しずつ片付けよう」というアドバイスは、かえって彼らの完璧主義を刺激し、プレッシャーを与えてしまうことがあります。あるあるの背後にあるのは、失敗を許されないという現代社会の息苦しさと、自分を許すことができない生真面目さゆえの悲劇なのです。