ゴミ屋敷の住人といえば、ボロボロの服を着て不潔な身なりをしている人を想像しがちですが、実際には「外見は非常に小綺麗で、職場でも信頼されている」という人がゴミ屋敷を抱えているケースが、現代では非常に多いというのも意外な「あるある」です。これを「隠れゴミ屋敷」と呼びますが、彼らの多くは職場のデスクの上は完璧に整頓されており、身なりも清潔感に溢れ、社交的でさえあります。しかし、一歩家の玄関を開けると、そこには足の踏み場もないゴミの山が広がっています。しかし、その不安はやがて「呼吸のしやすさ」という圧倒的な幸福感へと変わっていきます。ゴミ屋敷脱出後の新しい生活あるあるとして多いのは、朝、目覚めた瞬間に「床が見えること」にいちいち感動し、窓を全開にして風を通すことが最高の贅沢に感じられるようになることです。また、探し物が数秒で見つかることや、清潔なシーツで眠れることといった、かつては当たり前だったことの尊さを、誰よりも深く噛み締めるようになります。この隠れゴミ屋敷あるあるの住人は、外での自分と家での自分のギャップを維持するために、凄まじい精神エネルギーを費やしています。彼らの生活パターンとしてあるあるなのが、「絶対に人を家に上げない」という徹底したガードです。友人が遊びに来たがっても「部屋が狭いから」「散らかっているから」という定番の言い訳で断り続け、恋人ができても外でのデートに限定し、決して自宅を教えません。また、郵便物や宅配便を玄関先でしか受け取らず、ドアをわずかに開けて荷物を奪い取るように受け取るのも、隠れゴミ屋敷住人の共通した行動です。彼らにとって、家は安らぎの場ではなく、自分の正体を隠すための「密室」となっています。外での高いパフォーマンスを維持するために神経をすり減らし、その反動として家では一切の家事ができなくなる。この二重生活あるあるは、高学歴なエリート層や、看護師、教師といった「他人の面倒を見る職業」の人々にも多く見られます。自分への期待が大きければ大きいほど、ゴミの中に沈み込むことでしか自分を解放できなくなってしまうのです。隠れゴミ屋敷あるあるは、現代社会が求める「完璧な人間像」というプレッシャーが生み出した、現代特有の病理の一つと言えるでしょう。
外見は綺麗な「隠れゴミ屋敷」住人の二重生活あるある