私の部屋がゴミ屋敷と化していた数年前、私はある日突然、激しい息切れと止まらない咳に襲われました。それまでは「少し埃っぽいだけだ」と自分に言い聞かせ、積み上がった弁当の空き殻や湿った雑誌の山から目を逸らしてきましたが、身体はもう限界を迎えていたのです。病院で下された診断は、重度の肺真菌症を伴う肺炎でした。医師からは「こんな環境に住み続けていれば、命を落としても不思議ではなかった」と厳しく告げられ、私は絶望的な気持ちで自分の部屋の惨状を思い返しました。入院生活の中で、点滴を受けながら酸素吸入器の助けを借りて息をするたびに、私はどれほど自分の身体を痛めつけていたかを痛感しました。ゴミ屋敷の中に充満していた、あの鼻を突くようなカビの臭いや、埃が舞う澱んだ空気こそが、私の肺を蝕んでいた毒そのものだったのです。退院後、私は行政の助けを借りて、ようやく部屋の清掃を決意しました。数日間かけて運び出された膨大な量のゴミの中には、腐敗した食料や、カビに覆われて元の色が分からなくなった衣類が山を成していました。清掃業者が防護服を着用して作業する姿を見て、私は自分の住んでいた場所がいかに危険な汚染地帯であったかを再確認し、恐怖で震えました。すべてのゴミが運び出され、磨き上げられた床が見えたとき、私はようやく深く、静かな呼吸をすることができました。毎日の更新の中で、少しずつゴミを捨て、床を水拭きする様子をアップしていきましたが、部屋が綺麗になるにつれて、私の体調は驚くほど回復していきました。特に印象的だったのは、長年放置していたエアコンを業者にクリーニングしてもらった時のことです。中から出てきた真っ黒な汚水と大量のカビを見た瞬間、私はこれを毎日肺に送り込んでいたのかと恐怖で震えました。肺炎という病は、私にとって人生の警告灯でした。今でも時折、空気が冷え込むと肺に違和感を感じることがありますが、それは二度とあのゴミの山に戻ってはいけないという自分への教訓だと思っています。窓を開けて新鮮な空気を入れ、清潔な布団で眠る。そんな当たり前のことが、どれほど幸福で健康に直結しているかを、私は失いかけた命をもって学びました。
足の踏み場もない部屋で発症した肺炎の恐怖と再生